けものへんに むし

本と食べ物と育児の話

春の都電

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 昔から、ものを考えるのが面倒になるとバスや電車に乗りたくなる。ありふれた町並みをぼんやりと眺めているだけで、頭の中のもつれた糸がほどけてゆくからだ。

 その日も、やらなければいけない事と感情がこんがらがり、都電荒川線に乗った。

 日比谷線の三ノ輪駅から昭和通りを北に行くと横断歩道がある。渡った先にあるのはベージュ色のビルだ。表彰台のような形をしたビルは、どことなく教会を連想させるが、商店街の入り口である。
 一階はアーチになっていて、商店街に繋がっている。
 時間が早いせいか、どの店もシャッターが下りていた。飲み屋が多く、軒先にぶらさがった赤提灯が風に揺れている。宴の名残がゴミ袋に包まれ迎えを待っていた。

 道幅の狭い商店街を抜けると視界が開けた。広場だ。
 蔦がからんだアーチに「三ノ輪橋」と看板がついている。アーチの向こうには、建屋や改札といった区切りがなく、いきなりホームが設置されている。まるでおもちゃのようなホームだが、路面電車の停留所だ。

 やってきた路面電車は乗客を降ろし、新しい客を招き入れる。
 車内は、運転席後部に一人掛けの優先座席が二席。その後ろは車体側面に沿ったロングシートだ。ずっと景色を見ていたいので、ロングシートの前に立つ。

 路面電車が滑るように走る。
 道路を走るのだから目線は車と同じ。信号がないため次の停留所までノンストップ。渋滞をわき目に進む。
 車窓から見えるのは、どうということのない住宅地だ。住民の足だから、乗ってくるのは土地の人ばかり。時折、おばあさんの集団が乗ってくる。友達同士なのだろう。話に花を咲かせている。
 どこへ行ってもこういった集団はいる。特に平日の午前中は、もしかしたらこの国は、おばあさんの国なのではないかと思うほどだ。

 荒川遊園の停留所で桜が咲いていることに気づいた。数日前はまだつぼみだったのに。桜というのは人の知らないところで咲く花だと思う。
 飛鳥山公園までくると車内が沸いた。こんもりとした小山のような公園は、江戸時代に整地された桜の名所だ。いくつもの桜が集まってできた小山は、遠めだと山が一つの桜の木のように見える。
 車両は公園に添いカーブする、桜の木の合間から、屋台の天幕が見えた。

 鬼子母神前を越えると急に傾斜の強い下り坂になる。一瞬、車内が薄暗くなった。トンネルというほどのものではない。後で知ったのだが、目白通りと都電の立体交差だった。
 しばらく走ると神田川。川の両側に桜並木が続いている。橋を渡ると、神田川に張りだした桜の枝枝を間近に見ることができる。

「次は面影橋」とアナウンスが流れた。おばあさんの一団の一人が「面影橋ですって。艶っぽいわね」と笑う。
 川向うは新目白通り。ここから先は終点の早稲田まで桜並木が続く。
 早稲田に降り足下を見ると、マンホールに桜の絵があった。

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