魔女の薬
子供の頃、祖母の家に遊びに行くと、よくオロナミンCが出てきた。
祖母は「栄養がつくから」と、しきりに飲ませたがった。今思えば、孫を喜ばせ、孫のためになることがしたいという気持ちのあらわれだったのだと思う。
ジュースのように甘いのに、ジュースとみなされない。では、薬か? と問われればそうでもない。私は、この、あいまいな立ち位置の飲み物が好きだった。
好きなのは味だけではない。
茶色い瓶も気にいっていた。
ぽってりとした厚みの飲み口が唇に触れた時の触感は、同じガラスなのに麦茶を飲むグラスとはまったく違う。 なめらかな丸みに唇や舌を這わせたり、前歯だけでくわえ、どれだけ歩けるかという遊びが気に入っていた。
遊びに使うのは飲み終えたばかりの空き瓶だった。飲み口を口に含むと、薬のような匂いが口の中に広がるからだ。液体の時よりも、瓶の底に残った匂いは、より薬っぽかった。
私は、魔女の薬を飲んでいるという空想をしながら、親戚が集まる時に、大人があまり来ない祖母宅の二階をうろうろした。この遊びを親に見られれば、叱られることはわかっていた。
ついに、母に見つかってしまった。危ないと瓶を取りあげられ、オロナミンCはコップに注がれて出されるようになった。
祖母がグラスにオロナミンCを注ぐ。
その色に息をのんだ。
あんなにはっきりとした、自己主張の強い色を飲んでいたのか。
蛍光色の水面に指を滑らせて、舐めた。
いつものオロナミンCの味だった。
それ以降、オロナミンCは飲まなくなった。私の興味がなくなったのを期に、祖母の家の冷蔵庫からオロナミンCは消えた。
大人になり、社内の自動販売機でオロナミンCを買った。
薬のような甘い味は健在だった。
半分飲んだところで甘ったるさに耐えられず、給湯室のシンクに流した。蛍光色の液体は、銀色のシンクを染めながら流れていった。
その色に、あ、ガソリンだと思った。
魔女の薬は、もう、どこにもない。
Photo by Kevin Dooley/Liquid gold/https://www.flickr.com/photos/pagedooley/2567888004/